お疲れ様です!
EMCの世界に足を踏み入れた若手エンジニアが、一番最初にぶつかる壁。それが「放射エミッション(RE:Radiated Emission)」と「伝導エミッション(CE:Conducted Emission)」の違いです。
教科書やネットで検索すると、だいたいこう書いてあります。
教科書での説明
放射(RE):空間を電波として飛んでいくノイズ
伝導(CE):電源線や通信線などの「ケーブル」を伝わっていくノイズ
「なるほど、空間と線の違いね!」と分かった気になって暗室に入ると、すぐに絶望することになります。「空間のノイズ(RE)がNGなのに、なぜ先輩は基板のGNDを直したり、ケーブルにコアを巻いているの?」と。
今回は、教科書には絶対に書かれていない「REとCEの本当の関係」と、規格(CISPR 25など)に隠された驚愕の裏側について、現場の視点で徹底解説します。
この記事でわかること
✅ 車載EMCでCEが1GHz付近まで測定される理由
✅ REとCEが実は「繋がっている」という現場の真実
✅ 規格のハーネス長「1.5m」に隠された物理的な意図
✅ ロッドアンテナが垂直偏波しか測らない理由
1. 車載EMCにおける「伝導エミッション(CE)」のリアル
一般的な家電の規格では「30MHzより低いのがCE、高いのがRE」とキッパリ分かれています。しかし、車載EMCの世界ではCEでも1000MHz(1GHz)付近までガンガン測定します。なぜでしょうか?
それは、車の中が「ノイズの密室」だからです。
ワイヤーハーネスが何メートルも車体を這い回り、様々な機器のすぐ横を通過します。高い周波数のノイズがケーブルに乗ったまま他のECUの真横を通過したら、空間を経由しなくても、ケーブル同士の「クロストーク(隣のケーブルへのノイズの飛び移り)」で直接ノイズが伝わって誤作動を引き起こします。だから、CEでも高い周波数まで徹底的に監視するのです。
さらに、CEでは「電圧」と「電流」の両方を測ります。同じ伝導ノイズなのに、それぞれ見ている「悪さのルート」が違います。
ポイント
電圧法(LISN):電源ラインに挟み込む測定用部品。電源(バッテリー)に逆流していくノイズの振幅を測り、他の機器の電源を直接汚さないかをチェック。
電流法(電流プローブ):ハーネス全体を束として流れるコモンモードノイズの量を測定。実はこれ、「空間に放射される(アンテナになる)一歩手前のノイズ」を測るための事前検問。
電流プローブの測定が「REの一歩手前」だと気づいた時、CEとREが別物じゃないと初めて腑に落ちました。
2. 現場の真実:REとCEは繋がっている
初心者が一番ハマる罠は、「REとCEを完全に別のものとして考えてしまう」ことです。
空間を飛んでいるREの正体、それは多くの場合、「ケーブルを伝ってきたCEが高周波になり、ハーネスをアンテナにして空間へ放たれた姿」です。
周波数が低い(CE)うちは波長が長すぎて空中に飛んでいけません。しかし、周波数が高くなると波長が短くなり、ケーブルの長さと共振して「優秀なアンテナ」に化けてしまうのです。
注意
だからこそ、空間のノイズ(RE)を落とすために、ケーブル側の対策(CEの抑制)をするのがプロのセオリー。「REが落ちないのにケーブルにコアを巻く先輩」の行動には、ちゃんと理由があります。
【コラム】なぜ暗室のハーネスは「1.5m」なのか?(規格の罠)
CISPR 25などの試験において、ハーネスの長さは「1.5m(1500mm)」に指定されています。これは偶然ではなく、意図的にFMラジオ帯域を殺しにきている「最悪条件の狙い撃ち」です。
電波の波長は「300 ÷ 周波数(MHz)」で計算できます。FMラジオの帯域である100MHzなら、300 ÷ 100 = 3m。
アンテナ工学において、導体は「波長の半分(半波長)」になった時に最も効率よく共振し、最強のアンテナになります。
3m ÷ 2 = 1.5m
ポイント
「一番クレームになりやすいFMラジオのノイズが、一番最悪の形で放射されるレイアウト(1.5m)」を強制的に作り出し、ここで規格に収まるなら実車でも絶対安全だ、というマージンを持たせているのです。
この1.5mの意味を知った時、規格書って意外と考えられてるんだなと感動しました。現場でも「なんで1.5m?」と聞かれたら胸を張って答えられます。
3. ロッドアンテナの謎:なぜ「垂直偏波」しか測らないのか? ==
もう一つ、暗室でよくある疑問があります。
「放射エミッションの低い周波数(150kHz〜30MHz)をロッドアンテナで測る時、ノイズは色んな向きに出ているはずなのに、なぜ垂直方向(垂直偏波)しか見ないのか?」
これも手抜きではありません。電磁気学の法則と車の構造が理由です。
CISPR 25の試験テーブルは全面が銅板(GNDプレーン)で覆われています。この銅板は電気の「海面」のようなものです。海面すれすれでは横向きの波は打ち消されてしまい、縦向きの波しか上に飛び出せません。電磁気学的にも同じことが起きており、GNDプレーンの上では垂直方向のノイズしか空中に飛び出せないのです。
ポイント
さらに、この帯域で一番守りたい被害者は「AMラジオ」です。車のAMアンテナ(昔のポールアンテナやガラスアンテナ)は、車体に対して垂直の電界を拾う構造になっています。被害者が感じ取らない方向のノイズを測る必要はない、という理にかなった測定方法なのです。
4. まとめ:「線」と「空間」を繋げて考える
教科書の「REは空間、CEは線」という言葉を鵜呑みにしてはいけません。
まとめ
✅ 車載CEは1GHz付近まで測定する。車内は「ノイズの密室」だから
✅ 空間のノイズ(RE)の多くは、ケーブル(CE)が化けた姿
✅ 規格のハーネス長1.5mはFMラジオの半波長。最悪条件を意図的に作っている
✅ ロッドアンテナが垂直偏波だけ測るのはGNDプレーンとAMアンテナの構造が理由
✅ 「線」と「空間」を繋げて考えられるようになった時、EMC対策スキルは劇的に上がる
暗室での試験は、単なる「規格値とのにらめっこ」ではありません。ノイズがどこから来て、何を通って、どうやってアンテナから放たれるのか。この「見えない繋がり」を意識できるようになった時、あなたのEMC対策スキルは劇的に向上するはずです。
「放射(空間)のノイズが落ちない!」と暗室で沼にハマった時ほど、一度基板から目を離してケーブルを疑ってみて。「線と空間は繋がっている」という意識を持つだけで、見えなかったノイズの正体がパッと見えてくるはずだよ。焦らず、まずは足元(線)から固めていこう!